クロモジ:林業の邪魔者から精油、地域の新たな魅力の誕生へ

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クロモジ:林業の邪魔者から精油、地域の新たな魅力の誕生へ

第1回
サステナブル素材ストーリー

クロモジ:林業の邪魔者から精油、地域の新たな魅力の誕生へ

 

 

こんにちは、EarthRingです。

私たちは石川県・白山で、白山麓の水を使い、地域の樹木や植物などの自然の恵みから香りをつくっています。精油などの香り製品を作ることを通して、購入者の方々に心地よさを感じてもらうことはもちろん、地域に新たな収入源や生き甲斐を生んだり、森林保全のための一助となることを目指して取り組んでいます。

私たちが香りづくりに使う素材は、地元・白山市をはじめとした地域の生産者の方々によって手がけられたものばかり。「こんなものが余ってるんだけど」「何か香り商品にできないか?」……そうやって相談として持ち込まれた中で協業が始まり、試行錯誤を経て、今や私たちの定番商品になっているものもたくさんあります。

ここでは、そんな私たちEarthRingの香りづくりを支えている「素材」の背景、ストーリーについてお伝えしていきます。第一回は、「クロモジ」です。

お話を伺ったのは、EarthRingの蒸留所がある白山市の白峰地区で林業を営む白峰産業・尾田弘好さんです。

 

白峰産業・尾田弘好さん

日本三名山のひとつである霊峰・白山のふもと、手取ダムの上流で造林業等を営む白峰産業の専務取締役。森がこの先の世代にも受け継がれていくこと、そのために林業が持続可能な職業となることを願い、地元小学校での「木育」授業や他業種とのコラボレーションによるプロダクト開発など、木や山を知ってもらうための活動に積極的に関わる。長身コワモテ(?)ながら、一度会うと誰もがファンになってしまうお茶目なキャラクターとオープンマインドの持ち主。

白峰産業WEBサイト:https://shiramine.co.jp/



クロモジの香りの効能や特徴

「クロモジ」と聞いて、「あの香りね!」とすぐにわかる方はそう多くないかもしれません。

クロモジは日本固有の低木の一種。木漏れ日が差し込むような山深い場所に自生しています。

 

 

建材として利用できるほどの太さまで成長しないクロモジは、木材としては爪楊枝が代表的な活用方法。和菓子などのお茶席で使われるような高級爪楊枝、といえばピンとこられる方も多いのではないでしょうか。

 

太くなってもこれくらい太くなってもこれくらい

 

一方で、その香りの効能は古くから知られており、江戸時代では歯ブラシがわりに、漢方の世界では幹は「ウショウ」、根皮は「チョウショウ」として、その力は人々にさまざまな形で利用されてきました。近年、精油やお茶として利用されることも増えてきています。

 

クロモジ精油には主な成分として、抗菌・抗ウィルスなどに有効な「ゲラニオール」や、不安を取り除き心を落ち着かせる鎮静作用、疲労感や緊張を緩和する作用をもつ「リナロール」が含まれています。

 

【クロモジ精油の効能】
・安眠作用
・免疫活性作用
・消炎作用
・抗感染作用
・保湿作用
・皮膚のハリ回復
・ストレスや不安など精神安定
・リラックス

枝を折るとどこか甘みがあるのにスッキリ爽快感があるような、奥深い香りがします。成長すれば3メートルほどにもなりますが、基本的には大木になるような樹木ではなく、見慣れるまでは見逃してしまうような控えめな見た目。この木のどこに、こんな芯の強さを感じさせるような甘美なパワーが宿っているんだろうと、とても不思議な気持ちになります。

 

春頃には黄緑色の可憐な花を咲かせる


林業にとっての邪魔者、風向きが変わるきっかけは薬用酒

こんなに香りとしても効能としてもこれほど有能なクロモジ。でも、活用されるようになったのは、石川ではここ10年ほどのお話です。今ではEarthRingを代表する製品の一つであるクロモジ精油も、製品化に至るまでに紆余曲折がありました。

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総面積の80%以上を森林が占める白山市では、林業が主要産業の一つ(※)。林業家にとっては、杉の木を木材として切り出す際に、下草として生えているクロモジを刈らねばなりません。むしろ「邪魔者」扱いされる対象だったのです。

※参考:白山市森づくりプラン


クロモジは杉などの樹木の下に生えている

そんなクロモジでしたが、薬用酒の原材料として納品できないか、という相談が舞い込んだことをきっかけに、風向きが変わります。クロモジを収穫してチップにし運送するまでを担っていただいている白峰産業の尾田弘好さんは、当時を振り返ってこう話します。


尾田さん:
「杉林の間伐ってね、杉の木を切り出して丸太にして販売するのが我々(林業家)の本業なんよ。その時に杉の木の下に下草っていって、クロモジとかいろんな芝がわーっと密集していると、木を切るときに危ない。で、その(下草を刈る)手間に対しては誰にもお金もらえんくて、それでも芝を刈らないといけない。その中に、頻度的にクロモジがすごく多いと前から話しよっとって。クロモジならコストかけんと、採って売ったりできるかもしれん……っていうので始まったの」



ビジネスとして成立させるためには、安定した品質で規定の量を納め続ける必要があります。下草には、クロモジ以外の植物も多く含まれています。また、どこの杉の下にも生えているわけではありません。効率的に採取できるようにクロモジが群生している場所を見つけることも必要、クロモジをわざわざ選り分ける作業も必要、おまけに納品するまでに乾燥させる時間も手間も必要、そのための保管場所も必要……。



自然を対象としたビジネスは、地道な下準備を乗り越えないといけません。尾田さんたちは、石川県のみでなく北陸三県にまで範囲を広げてクロモジを探し回ります。取り手さん(採集を生業にする人たち)と繋がることで、採集先と作業をお願いできる先との関係性を築き、なんとか安定して納品できる目処をつけました。壮大なクロモジネットワーク! 2014年のことです。


乾燥させて、葉だけ選り分けたクロモジ

枝と葉を分ける作業場になったのは、すでに廃業していた温泉施設「スプラッシュ」。作業を担ってくれたのは、70歳前後のシルバー人材の方々。当時90歳を超えていた久司敏麿(きゅうじとしまろ)さんをリーダーに、最盛期には14人もの地域のおじいちゃんおばあちゃんが集まっていたそう。みんなイキイキとおしゃべりしながら楽しそうに働いていたといいます。

 

当時の作業場・温泉施設「スプラッシュ」。左手に見えるのが、葉を取り枝にしたクロモジ


当時、働き手のシルバーさんたちを取りまとめていた久司敏麿さん



尾田さん:
「そんなに難しい仕事じゃないし、(シルバーさんは)そこへ来ていろんな人と喋るのが楽しみで。最初5人ほどやったのが、口コミで『こうやって座って、こんなことしてお金ももらえんねん』みたいな感じで広がっていった」

 

 

でも、薬用酒の原料になるのは枝の部分だけ。山から刈ってきたクロモジは枝も葉も混じっているので、そこから葉を選り分ける作業をしていました。「残った葉っぱなどからも、何か商品が作れるんじゃないか」……そんな発想で、EarthRingの蒸留師・大本のもとで、蒸留・精油づくりが始まりました。こうしてEarthRingのクロモジ精油は生まれたのです。

 

 

その当時は販売まで至っていたのは精油のみ。蒸留水は当初は捨てていたそう。ちなみに蒸留した後の枝葉は畑の堆肥として活用していました。

そんな中で素手でクロモジを捨てる作業をしていたおじいちゃんの中から、「葉っぱを触っとるとえらい肌スルスルになるんやけど、(蒸留して)出てきたもんはやっぱスルスルになるんか?」という質問が。そこから、おばあちゃんたちにも噂が広がり、みんなが蒸留水を水汲み場のようにもらいにくるようになったといいます。



危機感から始まった「副業」としてのクロモジ

蒸留が始まったことで、こうしてそれまで何も利益を生んでいなかった未利用資源にこうして価値が生まれました。先ほどもお話ししたように、自然相手のビジネスは人間の努力ではどうにもならない部分が多く、走り出して初めてわかることだらけ。手探りでなんとか乗り越えて来られたのは、尾田さんの林業に対する危機感がありました。

尾田さん:
「白峰産業として私自身が、ずっとこのまま杉の木切っていてええんかなっていうのを思っていて。杉は相場があって、それが年によって変わるんやって。1本あたりの値段が、簡単にいえば、今年は1本1万円やったやつがポンと上がって1万5000円とかってこともあり得るし、株みたいなもんなんや。 需要と供給のバランスと、あと外材の輸入があるもんやから、それに左右されるんで見通しが効かんげん。ひどい時はいっぺんガタっとね、単価が前年度の半分ぐらいになって。……こんなことしとったら、不安定すぎて、怖い。もっと他にも(事業を)幅広くやっとかんなって、それがまずあった」


結果的に、薬用酒としての納品は7年ほど続きました。現在では行っていませんが、これがきっかけとなり今ではEarthRingでの利用だけでなく、ジンやお茶など金沢を中心にたくさんの納品先を抱えるまでに。卸先の一つである金沢・大野のクラフトジン蒸留所 アレンビックさんは、クロモジを使ったジンで世界最大規模の蒸留酒品評会「サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SFWSC)2023」にて最高金賞を受賞。また、クロモジの芳香を活かしてその蒸留水からノンアルコールのスパークリングウォーター「QINO SODA(キノソーダ)」が共同開発によって生まれるなど、以前は考えられなかったビジネスが多数生まれることになりました。林業への危機感から始まった挑戦は、こうして今また、新しい人との繋がりを増やし、地域に新しい魅力を生み出すきっかけに繋がり続けています。


自然を目の前にして、その恵みから私たちは何ができるのか。それを、EarthRingはこれからも真摯に考えていきたいと思います。

 






取材・撮影執筆:吉澤 志保

地方好き・移動好きの編集ライター。地域の活性化に関わる仕事に興味があり、取材を重ねるうちに人や地域の繋がりこそが大切だと考えるように。ただ書いたり撮ったりするだけでなく、誰かの思いや活動を伝える仕事を通して、対象となる人や場所との関係性を築きたいし、新しい価値を生み出したいと思っている。